最近、贈与論というのが話題になっているのでしょうか。
「贈与論はコミュニケーション論でなければなりません」と著者は述べています。
税金とか相続とかではなくて、哲学の話です。
贈与と交換。この対比で考えるところから私の理解は始まりました。
贈与→差し出し、名乗らず立ち去り、届くことを祈る
交換→「助けてあげる。で、あなたは私に何をしてくれるの?」
この著書を読んでの、私の大雑把な理解です。
わかりそうで、なんかもやもやする、そんなネガティブ・ケイパビリティが求められる状態に心地よさも感じます。
ふと気づいたのは、私の中に「贈与を届けることを大切にしたい」という気持ちが幼いころからずっとあって、それは今年7月に亡くなった母親から躾けられたことではなかったのか、ということです。
贈与は愛である。
この文章を書きながら、私の理解はここに至っています。
日々、家族からも、職場の仲間からも、さりげなく届けられる贈与に後から気付くことがあります。
例えば昨日。
仲間から多くの贈与を受け取って「いた」という事実に昨夜寝る前に気がつきました。
今はまず、この気づきに幸せを感じる自分がいます。
「僕らはいつも
他者からの善意を見落としてしまう。
というよりも、
愛はそれが愛であるならば、
見つからないように、
気づかれないように手渡される」
世界は贈与でできている
近内悠太著 NEWS PICKS PUBLISHING
2023/12/3